第326回 謙遜の文化 (5)

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相手が謙遜表現を使った場合、どのように答えているでしょうか。例えば、次のように言われたとします。どのように答えますか。

①(お客を家に招きいれる時に)狭いところですが。
②(お客に食事をすすめる時に)何もございませんが。
③(お客が帰る時に)何もおかまいできませんで。

もしも何も言わなかったなら、それを肯定するようで何となく気まずい感じがします。以前、私の家を訪ねてきた人に「ちらかっていますが。」と言ったら、「雑然としていますね。」と返されたことがありました。私の謙遜表現をその訪問者は肯定したのです。正直言っていい気分ではありませんでした。その人が帰った後で、家族でそのことが話題になり、家族みんなが「ちらかっているのは確かだけれど、そんなふうに言うことはないだろう」というような不満の気持ちをその訪問者に持ちました。

では、①②③に対してどのように答えるか。例えば、①には「いや、私の家に比べれば、とても広いですよ。」、②には「おいしそうなものばかりで。」、③には「いえいえ、いろいろご馳走になりまして。」などと答えると、相手の気分を害すことはないでしょう。

相手の謙遜表現に対して、こちらは「いえいえ」などと否定し、さらに相手に対する褒めことばで答えます。また、「謙遜の文化①」で見たように、自分の息子を「成績が優秀で」と褒められれば、こちらは「いえいえ」などと否定し、さらに謙遜表現を加えて答えます。つまり、相手が自分を下げたらこちらがそれを否定し相手を上げる、相手がこちらを上げたらそれを否定しこちらを下げる、という会話のパターンがあるのです。

外国人に日本語を教えていると、このシリーズでも見てきたように、このパターンから外れる会話によく出会います。そんな会話に数多く接していると、日本人とこのパターンで会話をした時に、ふと本拠地に戻ってきたような気がするのです。

(吉)