「『もしドラ』? 何それ。『ドラえもん』の何か?」
妻との会話で初めて「もしドラ」が話題になったとき、私は「もしドラ」の意味が分かりませんでした。そこで、「もしドラ」を調べてみると、『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの「マネジメント」を読んだら』(岩崎夏海 著)の略で、ドラは「ドラえもん」ではなく、マネジメントの父と呼ばれる「ドラッカー」であることが分かりました。息子が子供の頃、一緒に見ていたアニメの「ドラえもん」では、「ドラえもん」のことを「ドラちゃん」と呼んでいましたから、「もしドラ」の「ドラ」は、てっきり「ドラえもん」だと思っていました。略された言葉は難しいとつくづく思いました。
『もしドラ』という語は、『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの「マネジメント」を読んだら』からできたものです。ことばの研究においては、新しい語を作り出すことを「造語」、その方法を「造語法」と言います。そして、語などの一部が省略されて語の形が短くなることを「縮約」といい、「縮約」という方法によってできた語を「略語(略語形)」といいます。 略語は意味を知っていれば、とても便利です。「『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの「マネジメント」を読んだら』、読んだ?」というよりも「『もしドラ』、読んだ?」というほうがとても楽です。
でも、知らなければ、「ドラ」は、「ドラえもん」、「ドラ焼き」、「昼ドラ」などの「ドラマ」、それとも麻雀の「ドラ」なのかと、クイズのようになってしまいます。ですから、略語が使われる条件は、そのもとの語などがよく知られていて、よく使われるものであることです。そうでないと、コミュニケーションに支障を来たしてしまいます。もちろん、よく知られていてよく使われているのが、広く一般的にというのではなく、“若者の間で”あるいは“業界で”などと限定的であってもかまいません。
「もしドラ」のもとは、語ではなく『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの「マネジメント」を読んだら』という、語より大きな単位である句です。このように句をもととする表現には、「やぶへび」、「棚ぼた」、「泥縄」があります。これはことわざの略語です。
「やぶへび」:藪をつついて蛇を出す
「棚ぼた」 :棚からぼたもち
「泥縄」 :泥棒を捕らえて縄をなう
これらの略語は、かなり一般化しており、日常の会話でも問題なく使える表現です。
前回(「これは本です」の言語教育小論⑦)で取り上げた「うなぎ文」も省エネ(省エネルギー)ですが、今回の「略語」も省エネですね。「うなぎ文」は文を作る上での省エネ、「もしドラ」は語を作る上での省エネです。
今回は語を作る上での省エネ(「略語」)について取り上げます。略語については、このシリーズである「日本語の美しさ」の第105回~第109回で既に取り上げましたが、「もしドラ」がアニメになり映画になり、この略語が一般化するなかで、日本語においてよく行われる「略語」について再度取り上げてみたいと思います。第105回~第109回もあわせてお読みください。
(吉)