第314回 「これは本です」の言語教育小論(3)

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前回は「これは本です」で始まる日本語の教科書を紹介しました。この教科書(“NAGANUMA’ S BASIC JAPANES COURSE ”)は初版が昭和33年(1958年)です。これを次の教科書と比較してみましょう。この教科書は平成11年(1999年)に出版されたものです。

(以下、『コミュニケーション日本語1』千駄ヶ谷日本語教育研究所より。本文の漢字にはルビがついているがここでは省略)

2課 これは何ですか。
●会話
店員 :いらっしゃいませ。
ジョン:これは何ですか。
店員 :しょうが焼きです。
ジョン:しょうが焼き?
店員 :ぶた肉です。
ジョン:ああ、豚肉ですか。あれは何ですか。
店員 :親子丼です。とり肉とたまごです。
(以下 略)

3課 これは吉田さんのペンです
●会話
エレン:すみません。これは林さんのペンですか。
林 :いいえ、私のじゃありません。
(以下 略)

どうでしょうか。「これは本です」タイプの文も、2課では「わからない物を尋ねる」、3課では「(人)の」という表現を加えて「所有者を尋ねる」、というように実際に使う場面がわかる会話の中で提示されています。ちなみに、この教科書の1課のタイトルは「はじめまして」で自己紹介を取り上げています。新しい教科書は、実用を重視した本文が掲載されている点で前回の教科書とは違いますね。授業は、実物、写真、絵、ジェスチャなどを用い、文の意味をわからせた後、発音の練習もしっかり行います。この点は、教科書が変わっても変わりません。

二つの日本語の教科書を比較しましたが、教科書は、どのように学んだら/教えたら使えるようになるのか、学ぶ/教える価値をどこに置くのかなどの教授法の考えが表れています。それは時代とともに変わっていきます。

さて、今の中学校の英語の教科書ですが、かなり実用的になっています。“This is a pen.”の世代が見るときっと驚くでしょう。荒井注の“This is a pen.”は、語学教育の一時代を反映したギャクだったというわけです。

(吉)