第313回 「これは本です」の言語教育小論(2)

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「これは本です」で始まる日本語の教科書の例を示します。原文はローマ字ですが、ここでは漢字仮名混じり文で表記します。

(以下“NAGANUMA’ S BASIC JAPANES COURSE ”長沼直兄 昭和59年重版 日本出版貿易株式会社 の第1課 本文より)

これは本です。
これは紙です。
これは鉛筆です。
これはいすですか。
はい、そうです。
これもいすですか。
はいそうです。
それもいすですか。
いいえ、そうじゃありません。
では、それは何ですか。
机です。
あれは何ですか。
戸です。
では、あれは戸ですか、窓ですか。
窓です。

でも、「これは本です」は、日常の言語生活でいつ使うのかを考えてみると、あまり使う機会はないようです。また、「これはいすですか。はい、そうです。」などという分かりきった事実を聞く問答は、確かに実用的ではありません。

ただ、ここには理由があるのです。その理由を説明する前に、教師がどのように授業の展開をするのかを述べます。まず、教師は、実物、ジェスチャーなどを使って文の意味を学習者にわからせます。次に、何回も何回も教師が文を発音し、学習者に日本語の音を聞かせます。そして、十分聞かせてから学習者に発話させるのです。ここで意味の理解が難しい文だったら、学習者は発音を十分に聞くよりも意味の理解にエネルギーを使います。つまり、分かりきった事実だから、学習者は意味の理解よりも日本語の音を身につけるのにエネルギーが使える、というのがその理由なのです。さらに、教科書で提示される文の順番を見てみると、基本的な文法(文型)を段階的に学べるようにもなっているのです。

私が中学校で英語を習ったときは、これと同じようなタイプの教科書でした。でも、文法と日本語へ訳が主で、英語の音を身につける練習はほとんどしませんでした。日英の同じタイプの教科書でも使い方が違っていますね。日本語の教科書のように英語も勉強していたならば、英語の発音やリスニングの苦労は少なかったのだろうと思います。

【参考文献】「入門期の教授法-文型をいかに積み上げるか-」浅野鶴子
『日本語教授法の諸問題』日本語教育指導参考書3 文化庁 昭和47年7月31日 初版発行(吉)